大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(う)1794号 判決

被告人 宮本光雄

〔抄 録〕

所論は、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があると言い、本件は原審相被告人安藤高義の単独犯行にかかるもので被告人が共謀した事実はない、しかも右安藤は他人の財物を窃取したものではなく、被害者が下車に際し列車の網棚に置き忘れて行つた遣失物を横領したに過ぎない、また原判決が、窃盗の事実認定に関しては、仮睡中であつた被害者熊沢賢郎の証言を信用するとともに当時犯人の挙動を終始凝視していた警察官照井鶴吉の証言を無視しながら、他方共謀の事実認定にあたつては、逆に同一人である右照井の証言を採用することによつて経験法則および論理の法則に反する証拠の価値判断を行つたことは、自由心証主義の内在的限界である合理的範囲を逸脱するもので、刑事訴訟法三一八条に違反すると主張する。

ところで、記録中証人照井鶴吉の原審ならびに当審公判廷における供述によれば、原審相被告人安藤高義が原判示列車内において乗客の一人がその頭上網棚に載せておいたシヨルダーバツグを不法領得したのは、同列車が終点東京駅に到着してから後のことであつて、右シヨルダーバツグの所有者は下車に際しあわててこれを置き忘れて行つたものであることを認めるに十分である。もつとも右被害者熊沢賢郎を原審において証人として取り調べたところによれば、同人は、仮睡中列車が終点東京駅に到着し駅員の「東京」と呼ぶ声を聞き、とつさに網棚の上のボストンバツグを取つて下車し他線へ乗り換えるため構内を歩いて行くうち、間もなくシヨルダーバツグを持つていないことに気がついたと言いながら、一方下車する瞬間シヨルダーバツグはすでに網棚の上になかつたように思う旨述べているけれども、同人は、その自認するように、仮睡中列車が終着駅に到着しあわてて下車した後シヨルダーバツグのないことに気づいたというのであるから、下車する瞬間すでにそれが網棚の上になかつたかどうか確実に知るはずはないと思われるのであり、他方前記照井証人は、丸の内警察署の掏摸係刑事として当時品川駅で警戒中、一週間ぐらい前に仮睡盗容疑で目をつけたことのある前記安藤および被告人宮本の二人を発見し、同駅から尾行して同じ原判示列車に乗りこみ、安藤が本件シヨルダーバツグを不法領得するまで、終始同人らの行動を監視し続けていたというのであるから、同証言こそ正確にして信用するに足るものといわなければならない。しかるに、この点に関し、原判決が、あたかも信ずべき照井証人の供述を排斥し熊沢証人の不確実な供述を採用したもののごとく、原判示列車の進行中乗客である前記熊沢の仮睡中を利用し同人がその頭上網棚の上に載せておいたシヨルダーバツグを前記安藤において窃取したと認定したことは、まさに所論のとおり経験則に反し事実の誤認を犯したものといわざるを得ない。

しかしながら、この場合安藤に対しどのような犯罪の成立を認むべきかという点についてよく考えてみると、前記照井刑事の証言をさらに仔細に検討すれば、原判示列車が終点東京駅に到着した際、出口近くに座席を占めていた被害者が下車のためその席を離れてから同一車内の他の乗客がまだ全部降りきらないうちに、かねて乗客の持物を狙つて被害者のそばに腰をかけていた犯人がいちはやく右被害者のシヨルダーバツグを持ち去つたことが認められるのであつて、このように、被害者が列車の網棚の上に所持品を置き忘れたまま立ち去つてから犯人がこれを不法に領得するまで、その間時間がきわめて短かく、したがつて犯人が右物件を領得するとき仮に被害者が気がついてその場で犯人からこれを取り戻そうとしたとしても、状況上周囲の何人もその物件が本来被害者の事実上の支配に属していたものであることを疑わず当然その行動を是認するであろうと思われる場合には、そのかぎりにおいて、たとえその物件が一時的に所持者においてこれを置き忘れたことにより、その現実の監視から離れさらにその意識の埓外にまで置かれたにせよ、窃盗罪の成否を決すべき他人の財物に対する占有の存否いかんという観点からみるならば、右物件に対し従前の所持者が有していた占有は、そのときまでなお依然継続し失われていなかつたものと解するのが相当であるから、犯人がこれを不法に領得したことは、所論のように占有を離れた他人の物を横領したというべきものではなく、むしろ他人の財物を窃盗したものと断じなければならない。そうとすれば、原判決の犯した前記事実誤認は、結局判決に影響を及ぼさないことが明らかであるからこの点について原判決を破棄すべきものとする所論は理由がない。

(兼平 足立 関谷)

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